「のが」に駆逐される「の方が」

初めて違和感を感じたのがいつだったのか忘れてしまったけど、多分10年くらい前には感じていたような気がする「のが」の違和感の話し。

猫よりも犬のが好きだ

この文を読んでどう思うか。何も違和感を感じない場合、ここで話しが終わってしまうのだけど…。「犬のが」じゃないでしょ、「犬の方が」でしょ?

空よりも海のが青い
BよりもHBのが硬い

書いてるだけでかなりの気持ち悪さ。AとBを比べて、どちらかを挙げる場合にはが必要なのにも関わらず、昨今の書き言葉(主にネット上)では圧倒的にのがが主流のように感じる。犬何が好きなの??と問いただしたくなる。この場合の「の」は犬の持つ性質の何かを指しているのであって、その先の話しをどうぞどうぞと進めたくなってしまう。
質問が「どっちの肉球がいい?」だった場合は、「猫よりも犬が好きだ」が正しいから先のものはやっぱり違う。もう色々考えてても答えは出ないし一層もやもやするしでいいことない。

検索するとやっぱり同じような違和感を感じてる人は当然いて、だよね!と思ったり。

「の」には、体言代用という働きがあって、「~のもの、~のこと、~の人」というように、「の+名詞」の意味を表すことがあります。
例「風呂は熱い【の】がいい。」「そこにある【の】は私の本です。」「そこにいる【の】はだれ?」
しかし、
>「りんごよりバナナのが好き」
というようには使いません。この場合は「バナナ」という後に「の」がついています。この「の」は、「のもの」の意味を表すことはありますが、「の方」の意味は表しません。
「~のほうが」を「~のが」と略すのは方言?

とか

以前にも別のところで愚痴をこぼしたことがあるのだけれども、ここでの「のが」というのは、「~の方が(のほうが)(…)」というべきところを、「~のが(…)」というように格助詞「の」と「が」の間に挟まる「方」が省略されている。「野球よりサッカーのが好き」、「タバコより酒のが害になる」というように「AよりBの方が」という比較の意味を込めて使われている「のが」である。
「の方が」と「のが」

幸い小説やエッセイなどの書籍を読む際に、「のが」が使われているのを見ることはないので、まだ日本語の良心(何様)は残ってると安心する。もはや誤用とは言えないくらいに広く使われてしまっているのがとても残念に思われるのはなぜなんだろう。
文字数制限のあるTwitterが生み出した一文字省略の文化なのかなと短絡的に想像してみたけど、そもそもそんな理由で一文字削るなら、「猫よりも犬が好きだ」とさらに一文字削ったほうがよっぽど気持ちがいいとふと思った。実際のところ、こういう言葉の使われ方の変化ってどんな風に広まっていくんだろうね。面白い現象。

関係無いですが、アイスコーヒーが美味しい季節になりましたね。